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絶望と踊る深夜のワルツ

 

 一月二十九日、夜。いつもは誰かしらに任せられるコロマルの散歩は、この日だけは寮に居るS.E.E.Sメンバー全員で行った。足元から震えがくる冬の寒さ、紅葉の終わった並木道、家庭の明かり、すれ違う学生、サラリーマン、OL、主婦、携帯電話に視線を落としていた女性が、学生が集団で犬の散歩をしている姿に、物珍しそうな視線を一瞬だけ向ける。けれど、すれ違うときには無関心。
 何でもない日常がそこにはあって、明日も今日のように過ごせると改めて考えもしないほど当たり前。普遍的な時間が際限ない時を刻むんだと疑わない町の様子。夕焼けの終わった空だけが、いつもより澄んだ夜空を見せてくれて、大地は何かしらの危機を感じ取っているのかも知れない。鳥や虫が逃げ出したら災害の前兆だと云う。野良猫を飼いたがっていた少年が、猫が居なくなったと云っていたのを思い出した。逃げたのか、死に場所を探しに行ったのか。何れにせよ、逃げずに戦ってくれるコロマルは、強い。
 寄り道も無く寮に戻った私たちは、自然な流れで早めに寝ることになった。私は前日に書いておいた入寮者名簿で最終的な漏れが無いか確認しつつ、横目でラウンジを伺う。早めに寝ると云いながら、誰も動こうとしない。どうでもいい話を繋げて、明日の訪れを無意識に拒んでいる。いくら覚悟を決めたと云え、私たちはまだ十代そこそこの子供だ。苦行の末に悟りを開いた仏陀伽耶でも、救世主たるイエス・キリストでもない、ただの高校生。再来年の進路すら迷う、未成年。
 怖いものは、怖かった。

 机の上に召喚器を置いて、まだ開けたままのカーテンから夜空を見上げる。明後日もこの場所から、この空を見上げたい。
 そのために戦いに行くんだ。私の人生に一片の関わりも持たない人々が、今していることと同じことをこれから先何度でも行えるように。それが喧嘩でもどんなことであっても、世界がそこにあるように。
 ああ。大き過ぎるなあ。
 下唇を引き結んで、私はパジャマのまま部屋を出た。廊下はシンと静まりかえっている。外したまま握り締めていた腕時計を見れば、長針は円盤の真上で短針と重なりあうところだった。確認と共に、奥から順に電灯が消えて、スーッと真後ろまで闇に包まれる。緑色に発色する、独特な光に包まれた気味悪い空間。
 けれど、この夜も懐かしくなるときが来ればいいなあと願ってやまないのだ。皆の胸に落ちる眠りが平らであるように願い、二階の奥、目当ての部屋で立ち止まった私は、硝子の上を叩くように小さくノックをした。思いの外、音は響いた。
『……誰だ?』
「私、です」
 ドア越しの警戒心を帯びた声の人は、すぐに驚いたように扉を開いた。まだほのかに暖房の熱が残る室内の空気は温かい。寝ていたことは分かるから、起こしてごめんなさい、と何か云われる前に謝った。
 真田先輩は戸惑っているようだが、いや、と呟き、私を部屋へと入れてくれる。
 机の上には装備する武器と防具、召喚器が並べて置かれていた。彼は試合の前夜にも同じように、ボクシンググラブを机の上に置いて眠る癖があるのを思い出した。
「どうしたんだ」
「ワガママ、きいてもらいに」
 慣習で時計を見ようとして影時間であることに気づき、そうだったと首を振る。パジャマ姿で、何も持たない私をどう思ったのだろう、真田先輩は眉を下げて微笑んだ。
「何だ。添い寝でもしてほしいのか?」
 茶化す中には彼なりの心配も紛れていて、私は笑う。時計を握り締めたまま、机にもたれる先輩のところまでぺたぺた、歩く。段々と冷えてきた部屋。触れた身体の、服越しの体温が心地良い。肩の上に額を寄せると、真田先輩の首筋から微かな石鹸の香り。
「似てるけど。ちょっと、違います」
 トク。皮膚が持ち上がるように上下に揺らぎ、言葉の端から何かを感じ取ったらしい真田先輩が僅かに身を硬くする。机の縁に置かれた手の上に自分のを乗せて、ゆるゆる、顔を見上げた。
 外されていた視線がやはり鈍い動作で私を見た。影時間は不思議と夜の時間よりも明るくて、電気は点かなくても傍の表情くらいは分かる。真田先輩は伏せた睫毛の後ろに、揺れる瞳を隠していた。
 本当は、全てが終わってからにした方がいいことかも知れない。それとも、もっと前に終えておくべきだったのかも。けれど真田先輩はいつも、長い時間キスをして過ごした休日の夜でも、私を部屋へと帰したから。抱く腕と寄せられる視線に求められていることは分かっていたのに。しかし甲斐性が無いとか、意気地が無いとか、そういうのとも違う気がして、私も先は望まなかった。
 真田先輩は躊躇したようだったけれど、その長い腕ですっぽりと肩を抱きしめてくれる。重なりあった手は指が絡み合い、胸に抱きいれられたまま、すり、いつもピンをしている辺りに頬が摺り寄せられた。私の心を確かめるように唇は額からこめかみ、頬、輪郭を辿って唇へ。隙間の無い身体の間、空いた片手で真田先輩の髪を梳く。
「……、」
 お互いの唇を食む合間、きゅうと眉を寄せた先輩が苦しげに名前を呼んだ。ああ、なんって声で人のことを呼ぶんだろう。ぬるい舌同士が触れ合う隙間に、私は真田先輩の名前を呼んだ。抱きしめる腕が、強くなった。離れたくなくなって、私たちはキスをしながら絡まるように若い二つの身体をベッドの上へと投げ出した。

 私は元々勝気な性格で、ペルソナ能力を使えるようになってからはここぞとばかりに自ら前線に赴いて苛烈に戦い続けた。好意を寄せてもらっていると度々感じることはあっても、誰かの真っ直ぐな想いをこちらも真正面から受け止めたのは、きっとこれが人生で初めてなのだ。彼との関係に"恋"という名前をつけて愛でることは、自己の性を実感する瞬間でもあった。
 女と、男。
 どれだけ果敢にシャドウへ挑んでも、男性を守るシーンがあっても、私は真田先輩にとってやはり、女性だった。否定のしようもない、歴然とした違いが薄い皮膚にも確かで。真田先輩に腰を抱かれながら、少し性急な唇の内側では、経験の薄い舌がそれでも必死に、濃厚に絡まりあい、甘いとすら感じる唾液を分け合っている。
 「――、ぅ、んぁ」
 顔に、身体に、火が灯り始める。頬も目元も熱くなってきて、角度が変えられる隙に漏らした吐息は艶かしい声と共に吐かれて。甘さに驚いた私は、濡れた感触が耳朶を舐め、耳の中に侵入するのに思わず、重なる胸元の生地に指を引っ掛けた。
 熱い、熱い。腰から下の感覚が段々と無くなっていく。あ、違う、過敏に、なっていく。ジンッと痺れが下腹部にまとわりついて、落ち着かない。感覚が敏感で、真田先輩の呼吸の荒さが、半リアル。髪を撫で、腰を抱き、せなに這わされていた手がそっと、とも、落ち着きなくとも、取れる動きでパジャマの上から胸に。
 こくり、喉が鳴る。柔らかく小さく揉まれる。加減を計りかねているのだと分かって、私は真田先輩の両頬を包んでキスをせがんだ。薄布の上からやわやわと円を描く手の平。片手はいつの間にか、服の裾からお腹を撫でて同じ高さへやってくる。大きく、パジャマの上が肌蹴ていく。
「つめ、た…」
 唇を合わせながら呟くと、真田先輩が咽喉の奥で笑った。ごめん、囁く声が掠れている。下着を外そうとする手が、ちょっとだけ震えているのが分かって、きゅんと胸の中で音が鳴る。慣れていない指が嬉しくて、私は、しがみついていた手を離して自分から、後ろのホックを外した。
 締め付けが弱まって独特の開放感を感じるけれど、いつものようにそのまま就寝に着くことはできないんだって、嫌でも分かる。冷たかった手が乳房の熱を吸っていくのに、私はまだ全然暑くて、落ち着かない足を擦り合わせた。指先がシーツを絡めて、大げさな音を立てる。
 シーツが擦れる音と、パジャマが触れ合う音、湿ったキスの音、真田先輩の探る手は今じゃ明確な目的を持っている。音と感覚に支配される脳は、視界をじわりと滲ませた。思わず閉じた目の向こう側で、先輩の視線が私の胸とか、もっと下に寄せられているのを感じた。パジャマの上と下着は、もうとっくに真紅のカーペットの上にある。
 急に寒さを感じて両腕を彼の首に回すと、胸上から片手が離れて、仰け反る背中を撫でてくれる。心は落ち着くのに、身体はぞぞ、と駆け上がる痺れに益々、腰を浮かせた。私の反応に笑いもせず、もう随分と慣れた唇が首筋にちくりと痛みを残す。
 横目で、パジャマのシャツが脱ぎ捨てられるのを見ていた。快感を受けることに不器用な私と、快感を与えることに不慣れな先輩、他人の目からは無駄だらけの行為かも知れなかった。それでも、すがる布の無くなった真田先輩の肩に手を置いていると、じんわり染み込んでくる熱に行為の必要性を感じる。
 短い襟足から首の後ろ、つつ、と手を下ろせば見たことは何度かあっても、直に触れるのは初めての真田先輩の身体がある。鍛えられた無駄の無さは背中にも明らかで、肩幅の広さとか、骨格の違いに性別をまざまざと見せ付けられる。
「、ぁ、あ……ぁ、せん、ぱい」
 ツンとねだるように上向いた乳首を薄い唇が食む、淡く色づいたもう一方も先輩の手の内に捉えられて、私は見た目よりも柔らかい短髪にすがりつく。いつもは見えないつむじに鼻先を埋めると、自分とは違うシャンプーの香り。頬を擦り付けて頭を抱きかかえれば、真田先輩が小さく何かを呟いた。
(聞こえ、ない)
 頭の中がぼやけていく。いつかの七月、享楽せよと囁いたシャドウを思い出した。あの時あのまま思考の霞むままに身を委ねていたら、私たちは想いを通じ合わせる前に肌を重ねてしまっていたのだろうか。
「きゃ、ッ、あっ、ぁ、ゃぁっ」
 大胆さを増す手、舌、唇。散漫になっていく思考、視界。真田先輩が触れるところからどんどん、敏感になっていく。手は、パンツの上からゆる、一番熱の集まっている場所を撫でた。意識せずとも跳ね上がる身体が恥ずかしくて、私は懸命に声を抑えた。高い声が、自分のものじゃないみたいで落ち着かない。むずむずする。
 堅く閉じていた足をそっと開かせて、長くしなやかな指がするり、股の間を擦る。パンツの上から何度も、そこを撫でられ、下着に濡れた感触が滲むのが分かるから、枕の上で被りを振ってどうしようもなく反応する身体をどこかに落としたくなった。
「……
 そんな私をなだめる声が耳に触れて、久しぶりにすら思える唇が優しいキスをくれた。浮いた腰からパンツの温もりが消えて、真田先輩の手が太ももに這わされるのも同時だったけれど、怖さよりもキスの心地良さが強くて、私は目を瞑って受け止める。
 彼は見たか分からないけれど、ベッドの下に捨てられたブラとお揃いの可愛いチェックのショーツ。新品なのに、真田先輩の指が薄地越しに秘裂を擦るから、隠しようもないほど濡れていく。私も、真田先輩も、どっちも同じくらい呼吸が荒くて、お互いがお互いに欲情している。
「あっ、ゃ、ぁ、ひゃッ、ん、ぁん」
 ショーツの中に侵入した指が愛液を漏らす割れ目を擦る。自分だって、まともに触ったことがない場所を男の人の手で愛撫される、零れる声を抑える余裕なんて瓦解した意識に浮かんですらこなかった。甘い声すらしとどに濡れ、その内にもやらしい指がきゅう、としこりを摘んで、どうしようもなさに泣きそうになった。
、」
 呼吸のように名前を呼ばれて真田先輩の唇を探すけれど近くになくて、薄目を開けたら、真田先輩は私の身体に触れながら視線をも、這わせていた。
「ゃあ、せん、ぱ、」
 見ないでほしいのに、隠そうと持ち上げた手は捕らえられて、宥めるように握られた。元々私から仕掛けたことなのに、私ばっかり置いていかれている気がして、取り払われたショーツの遮る布も無い箇所に改めて重ねられる手の上に、私の手を乗せる。
「せん、ぱいも」
 まだ下を穿いたままの真田先輩がずるくて、私ばかり見られるのが嫌だと云えば何か云いたげな顔をされた。それが何かは分からなかったけれど、パンツを脱いだ先輩の下腹部に、視線を集める。膝立ちになった真田先輩の股間を持ち上げるものが見たくて、ゆるゆる身体を起こしてクンッ、とボクサーショーツに指先を引っ掛ける。
「これ、も」
「…、」
「見せ、て?」
 下から見上げる顔は切なげに歪められていて、綺麗な顔の中心に戸惑いがこびりついている。けど私だって見られたんだから、先輩ばかり隠すのは平等じゃない。脱がないなら脱がすまでと、幾分気持ちが大胆になっていた私が下着に手をかけると、慌てた指先が柔らかく制す。わかったから、止めてくれ、ため息と共に云われた。
 とうとう身につけるものの一切を取り去った素肌を向かい合わせて、どちらからともなく抱き合い、私たちは性急に舌を絡ませた。上向いた若い幹が太ももに触れて、目に見える反応があることに嬉しくて、ようやく二人の行為として認識できてきた。
「明、彦」
 必死に繋ぎ合わせた呂律はよっつの音を結び、合わせた視線が優しく細められるのに心が温もりを帯びる。真田先輩が再び私をベッドへ沈めようとするのを、咄嗟に抑えた。
「ねえ」
 ひどく媚びた声で呼び止めると、本当はさっさと続きがしたいのだろう熱っぽい視線とぶつかる。私は詳しくは云わず、ただ黙って、剥きだした彼の性器に顔を寄せた。
「ちょっ、ま、待て、何を」
 若草から生える主張を手に捉える、わっわっわ、と滑稽な声を上げる先輩の手が肩を抑えるけれど、私はそれに構わず想像よりも色の薄いそれに愛撫を加えた。
「――、ッ、」
 構えが足りなかった腹筋が大仰に震えて、これって敏感なんだと思えば愛しさを増し、
「こう、なってんだ……」
 真田先輩を辱めるようなことを口走りながら、まだ乾いている先端へと躊躇なく唇を落とそうとした。
「ま、待てと、云ってるだろう…!」
 膝立ちのまま逃げようとする腰、顔を持ち上げようとする手、どうして邪魔をするのか理解できなくてちょっと不機嫌な顔で見上げれば、真っ赤な顔で私を見ている先輩。すごく、驚いている。
「させて、下さい」
「ッいい、いいから、そんなこと、しなくていい」
 それも口でなんて、させられるわけがない、ふるふると頭を振って反対するけれど、まだ手の中に納めたままのそれは早くこのまま扱き上げてほしいって強請ってる。先輩だって自分の身体くらい分かるからか、クソ、と投げやりな視線で私の手元を見下ろした。
「明彦と、全部、したいの。して、おきたいの」
 その言葉に、それまでただ慌てるだけだった真田先輩の表情に変化が起きた。ピタリと絡まる視線は複雑そうで、一瞬だけいつもの真田明彦に戻っている。
「……何を、考えているか知らないが…。俺たちは明日、死にに行くわけじゃないぞ」
 慣れ親しんだ先輩の声。この場に相応しくない響きに笑い、私はうん、と頷いた。
「分かっています。勝ちます。勝って、生きます。だから、士気を高めたいの」
 私だって、明彦を愛してるんだもん。留めになった言葉に、真田先輩の顔から厳しさが消えていく。
「……ああ、もう、お前は、」
 とすん、とベッドの上に腰を落とした先輩は完全降伏の体で私の頭を撫でた。
「うまく、できないけど」
「んなこと、気にしなくても」
 冗談を云うように情けなく眉を下げた真田先輩が云う。どうせ、長く持たない、って。握り締めたままのそれはビクビクと息づいていて、綺麗な顔の先輩とは別な生き物みたいに見える。笑って、丸みを形作る先端に柔らかく、唇を押し付けた。
 熱いというよりは温かい、不思議な感触、味は、まだしない。猫が伸びをする体勢で先輩の性器をちろ、と舐めた。ふうと零れ落ちる吐息が聞こえるようで、ぱくりと奥まで迎えるように咥え、舌を幹に押し付けながら口を窄めてズズと引く。髪の毛に差し込まれた指先が跳ねる。可愛い。
 どうすれば良くなるか知るはずもないけど、舐めて、咥えて、そのまま袋まで手で包んで愛撫しながらもう、必死で。括れのところがちょっとだけ匂いが濃くて、きゅん、と秘裂が疼いた。下半身がもじもじ落ち着かない、先輩に口淫しているのは私なのに、きゅうきゅう甘い痺れがそこを襲う。
、」
 髪を梳き、少し汗をかいた額にかかる前髪をそっと払われる。
「ん、ん、…ん。む、ぁ、ん、」
 上下に動く頭を捕らえる手が優しく、私の顔を上げさせた。舐めてるとこが見たいと云われているようで、一番太いところを舌でぐいぐいと休まず攻めれば、「…あぁ、」とぬるま湯に浸っているような声が聞こえた。
「……、お前、なんて、顔してるんだ…」
「ぁ、ふぁ、あ、ん、まだ、終わってない、のに」
 無理やり股間から退かされて、先端から滴る粘液がツウと唇と繋がる。真田先輩はくしゃりと顔を歪ませて、私の身体を掻き抱いた。ぎゅうぎゅう押し付けられる肌は自分とは全然違う硬さを持っていて、唇を拭ってくれる指は、細いけど私より全然太い。ぽてっと膨れた唇の感触をなぞる指を咥えて、先ほどのように舐めながら見つめる先輩は、嬉しいのか悲しいのか分からない表情で。
 荒っぽく押し付けられたベッドの上、彼は私の性器を撫でて囁く。
「俺にも、させてくれ」
 閉じた足を割り開かれて、左右に持ち上げられた間に先輩が顔を埋めるのに返事は必要ないようだった。指の腹で押し開かれる花弁がくぱ、と口を開いて、真田先輩の舌を喜色を示して迎え入れる。
「あっ、ぁ、ん、ぁ、先輩、せんぱ、」
 い、語尾が泣き声のように掠れて、奥からとろりと流れてくる愛液を舐め取るようにしゃぶられて、もうどうしていいのか、どう取り繕っても誤魔化せないほどの快感に甘く、甘く、身体中を奮わせた。
「ゃ、ぁぁ、や、やだ、せんぱ、ぃ、ャぁ、」
 後から後から止め処なく溢れてくる液を啜る音にもイヤ、と頭を振って、膨らんだ突起を舌で転がされて、とうとう涙が零れた。たっぷりと液を絡ませた指がゆっくり、焦らしているんじゃないかと疑うくらいゆるりと一本、差し込まれた。
 普段はタンポンすら使わないから、正真正銘、初めての異物感、なのに身体の中はその感触を待っていたとばかりにきゅうう、と締め付ける。自分の身体が信じられない反応を返す度、私は涙を溜めた目をきつく閉じた。横向いて、枕に顔を隠せば、香るのはさっきも感じた先輩の、シャンプーの香りで。もう、何がどうなってるのか、わかんない。
 侵入したときからずっと真田先輩は優しくしてくれるのに、身体はもっと違うことをねだってる。ぎぃ、とベッドが鳴く。指が二本に増やされて、ずっと奥まで入り込んだのに、クリトリスも同時に摘まれて、大きく、腰が跳ね上がったのだ。
「あっ、ぁ、やぁ、そ、ゃッ、んぁ、あっ、」
 言葉を話せる存在が、言葉を話さない動物のような醜態を晒す瞬間はこれ以上どこにあるのだろう。喉が渇く。飲み込む唾液が少なくて、目を瞑ってひたすら耐えた。ばらばらの動きで抜き差しされる指は、けれどゆっくりと抜き出される。
「せん、ぱい、先輩、」
 抱きしめてほしい。すっかり蕩けて、涙を流す赤目を真田先輩がちょっと困った顔で笑い見つめ、逞しい腕の中に招き入れてくれた。あったかくて、ぎゅうぎゅう縋りついた。
「……すまん、用意、してなくて」
 そう云う先輩の手にはタルタロスで拾った傷薬があった。もう十分濡れてると思うのに、真田先輩はやっぱり困った顔で笑って、まだダメだ、って云う。先ほどよりもすんなり指を受け入れるけれど、今度は片手で抱きしめられたままだったから怖くなかった。
 愛撫が目的だったときよりも落ち着かない。ひとつになるために準備されているんだと思うと、私の中に傷薬を塗りこむ先輩の肩にかじりついた。
「痛い、って」
 甘い声で咎められた。何だろうこれ、他人と触れ合うって、今までの経験のどれとも違う。初めてペルソナを召喚したときやシャドウと遭遇したときよりも、よっぽど鼓動が高い。口から心臓が出てきそう。
「先輩、さな、だ、せんぱい、」
 同じくらい甘い声で呼ぶと、先輩がごくりと喉を鳴らして一瞬目を伏せた。
 些か乱暴に指が引き抜かれると、真田先輩は机の一番下から小さな箱を出してもどかしげにひとつ、袋を破いた。
「それは、あるんだ…?」
「……一応、その、ぁあ、クソ、買うだろ、そりゃ」
 どうして自棄になっているんだろうっておかしくて、けど、両足を抱え広げられた間に彼がぴたりと、それを押し付けるから、笑うに笑えなくて、私はやっぱり泣きそうな顔をした。
 たくさん慣らしてもらったけれど、薄い地越しでもあっつい先っぽが秘裂の入り口にひっかかると緊張してきゅう、と引き締まった。真田先輩は不安げに瞳を滲ませる私の唇を吸って、大丈夫って云うように優しく、ちゅっ、ちゅと音を立ててキスをしてくれた。途方に暮れていた私はゼロ距離の長い睫毛を見つめて、滑らかな額に高い鼻梁、切れ込んだ目尻が朱に染って入るのを見ていた。短い前髪がちょっとだけ、汗で張り付いている。
「好きだ、本当、どうしようもない、くらい、」
(惚れてくれと云ったけれど、俺の方がずっと惚れてる)
 鼻先をすり、と猫のように擦りあわせて、真田先輩が囁きを零す。男がベッドで云う言葉なんて信用ならないよ、とよく云うけれど、明日という日を控えた私たちにはそんな嘘、必要ないんだって分かるから、言葉を丸ごと信じられる。
 真田先輩の背中に腕を回して、しがみつき、私からキスをした。もう大丈夫って教えるように二回、してくれたように軽く啄ばむ。そして、今までの比じゃないくらいゆっくりと時間をかけて、私たちはひとつになった。
 落ち着くまでじっと呼吸を抑えながら私を抱きしめる真田先輩の、背中に立てていた爪先から力が抜ける。はあ、と唇の間に吐き出す息は熱く濡れていて、そこに痛いばかりじゃない感覚が芽生え始めているの見つける。
 ゆるり、差し込んだまま真田先輩が腰を上へとずらすのに、身体が持ち上がる。繋がっている証拠だと思えば、今度は嬉しくて、泣きたくなった。
 枕の上に散らばる髪に口付け、根元よりちょっと手前まで含ませた性器が、今度は奥までくんっと突き上げてくる。
「あ、あ、ぁん、あッ、ぁっ、」
 子宮の入り口を先っぽが突いた。ぐ、ぐ、と押し上げられて小刻みな震えが痺れをまとって中を襲う。
「、ハ……ッ、は、ぁ、」
 半分引き抜いたそれがまた挿入されて、引き抜かれて、挿して。真田先輩の性器を丸ごと包む中は、動きに合わせて勝手に彼を締め付けてる。抱えられた足がぴくんってつま先まで緊張が走る。
 私の喘ぎ声と先輩の呼吸が絡まりあって、腰をいやらしく揺すりながら彼は、性急に耳を舐ったりキスをしたり、私と同じように全身で気持ち良いって云ってくれている。だから段々と優しさが消えていく行為に、私はしがみ付くことでついて行こうって覚悟を決めた。自分がどうなるかなんて、もう全然検討もつかないのに、不思議と恐怖は感じなかった。
 小さかった秘裂の間が今はいっぱいまで広げられて、ずる、ぐちゅっ、耳を塞ぎたくなる音を立てて男性器を咥えて液を溢れさせる。
「ァん、あっぁッ、あ、あきっ、明、彦、アっ」
 子宮を押し上げられると声まで動きと一緒に喉奥から出てくる。ガンガンする。頭の中が真っ白になって、顔が熱くて頬がひどく痛い。痛いくらい真っ赤な顔で、私はいやいやと頭を振るのに、真田先輩は止まってくれない。乳首を捏ね回されて、乳房を円描くようにくるくると揉まれた。その内舌のぬめりが包み込むから、抜き差しされる性器をぎゅぅぅ、と強く締めた。
 結合部に感じる視線が熱い。さんざん濡れたそこをたくさん突かれて、液がぐちゅりぐちゅり泡になって弾ける。初めて咥えた男性器の形に広がっている。ギッギッ、激しさを増す行為の分、ベッドが切なげに鳴き声を上げる。スプリングの音に煽られるように、真田先輩はふるり、きつく目を瞑ってキスをする。
「あッ、あん、あ、ャ、アキ、あっ、あき、ヒコ、好き、あっ、」
、ッ、あぁ、もう、好きだ、好きだよ、」
「、ん、ぁ、んんっ、あぁっ」

 ぱちんっ。

 深く舌を絡めたまま、雄の動きに翻弄され続けて上げた声の先が、ぷつんと宙に拡散した。ぎゅうぅぅって締め付ける私と、深く突き入れたままびくんっ、腰を震わせる先輩。
 真っ白になった思考の端に落とされたのは、酷く優しい声だった。

 まだ影時間の明け切らない時間。ぼんやりとベッドの上に四肢を投げ出す私の元に、洗面所でタオルを湿らせてきた真田先輩が戻ってくる。水はどうしたんだろうって思ったら、通じたのかな、先輩が云った。
「ミネラルウォーター」
 ほら、と中身が半分以上残ってる一リットルサイズのペットボトルを渡された。寝っ転がって飲むには大きくて、私は全く力の入らない腕をベッドについた。さりげなく、背中を支えられてようやく、喉の渇きが癒されていく。体中に水分が染みていく感覚が心地良い。
 真田先輩は先に身繕いが終わっていたようで、すでにボクサーショーツを穿いている。濡れたタオルの目的に思い当たり、私は今までしていたことを棚に上げて今更ながら恥ずかしくなった。受け取ったタオルで、おそるおそる、濡れて気持ち悪かったそこを拭う。
 このときには、ずっと持続していた痺れも治まりつつあったから何の反応もしない。自分で拭いてるから、かな、それとも。
 真田先輩は手持ち無沙汰にベッド端に腰掛けて、どこか心此処にあらずといった面持ちでペットボトルの中身を呷っている。顎を伝って零れた水が、ぽたり、足の上に落ちた。片手で顔を覆って、ため息。
 拭き終わったタオルを受け取った彼は、やっぱり視線を合わせてくれなくて、一人ぽつんと残されたベッドの上で膝を抱えた。
「先輩」
「……ん?」
 机の上から落ちそうな時計が視界の端にぶら下がっている。下着洗わなきゃとか考えたけど、ぼんやりしてる先輩に不安が募って、問いかける。
「その、後悔、してる、とか?」
「はあ?」
 再びベッドに腰かける先輩がそこだけ凄く驚いて声を荒げた。
「だって、ため息、ずっとついてて」
 抱きしめても、くれないし。ああもう面倒な女の典型みたいなこと云うつもりないのに、いざ立場になると云ってしまうもんなんだって呆れた。私からは動くこともできなかったから、つまらないって思われたのかな、とか自己嫌悪が駆け巡っていると、真田先輩にキツク抱きとめられた。
「何で俺が後悔するんだ」
「だって、私が全然、上手にできなかった、から」
「上手過ぎても微妙だが……いや、そうじゃない、その、」
 笑って私の鼻を摘んだ先輩は、けどやっぱり情けなさそうにため息を吐いて、私の肩に顔を埋めた。
「全然上手くない、ってのは、俺の方だ、すまん」
「え?」
 あれだけ感じさせられて、さっきタオルで拭いたとき血も殆どついてなかった位優しくしてもらったのにどうして、と疑問が色々湧いてくる。はてなマークを集める私を見ずに、先輩はため息に隠すように呟いた。
「俺、だけ、その、」
「……あ。え、そんな、そう、いう、や、気にしない、で下さい…」
 つまり先輩は、私がイかなかったことに猛反省しているらしかった。
「あの、イ、かなかったからって、気持ちよくなかったとかじゃ、ないですから」
 しどろもどろになって弁解する私は、次第に段々おかしくなってきちゃって、肩の上でため息を吐いてる先輩には悪いと思ったけれど、笑い声を抑えられなかった。つい噴出してしまい、先輩に小突かれる。ちょっと痛い。
「笑うな……バカ」
 ああその言葉、いつかも云われたなあ。
 可愛い人だなあって微笑むと、からかわれているのとは違うって感じ取ったんだろう、真田先輩はきゅっと唇を結んで、私を柔らかく包み込んだ。
「……じゃあ、次は、私も。ね?」
「善処する」
「さすが先輩」
 いいこいいこ、って頭を撫でたら、その手を取られた。
「なあ、
 真摯な瞳に圧倒されて、ひし、見つめる。
「……ずっと、」
 勝気な瞳に浮かぶ不安。頬を指先でなぞってあげて、続きを促す。
「ずっと、……俺と、」
 膝の上に乗せられた身体を抱きしめ、真田先輩はゆっくりと云う。
「俺と、生きて、くれないか」
 明日が終わっても、来年の今日が過ぎても。言外に含まれる想いの深さが胸に染み込むと同時に、親、妹という本来は一緒に生きてくれる肉親を失い続けている彼だからこその葛藤が、そこにはあった。
「明、彦……」
「……ハ、…怖い、な。こんなの」
 苦笑を散らして、いい、忘れてくれってキスをしてくれるけれど、今のは紛れもなく真田先輩の本心なんだろう。怖いというのが、自分の想いの重さを指すのか、それとも私の返事のことか二重の意味を孕んでいそうだった。
「私でいいの?」
「……」
 私だって一緒に生きてくれる人は居ない。高校生の時分にする約束が後々どれだけ続くか分からないけれど、私は、この人しかいないって、思ってる。不思議だけど、真田先輩以外の男の人は、考えられそうにない。
「お前が、いい」
 整った顔に正面から見つめられて、
「私も。明彦がいい」
 私たちは、幸せに、笑った。

 明日がどうなるかなんて、誰にも分からない。

 けれど、生きてやろう、ニュクスなんてぶっ倒すって決めた。

 同時に、私だけは、この人を置いていかないって、

 心に、誓った。

……長かった?途中で飽きてたらすんませんね善処するのは真田サンじゃなくて私です。
お初は朝ちゅんとセットで絶対に書かなきゃと思った(シチュは違うけどね)